開拓者たちと先住民との対立する2つの世界のかけ橋となっていく中で愛を描く
某国の実写板建国神話では、いわゆる、異なる世界のふたりが許されない恋に
落ちてます。
前作テーマと映像手法に比べ、今回はありきたりなシーンの連続だけに
感慨深さに欠ける感は否めませんが、ザ・スピリチュアル!な方には案外大絶賛かも。
そう考えるとその大先生が、何故かナイロビCMに登場されている姿が
何とも違和感ありあり、かつ不気味です。
主人公の目の前に大きなトラブルを用意し、主人公たちがそれを乗り越えていく、
そんな展開は多くの映画の常套手段です。
上記作品でも、言葉や文化の壁とそれを超えて深く愛し合う姿が描かれています。
全てが問題なく上手くいく、なーんて人生ならば2時間もの間持たず、
全てがハッピーな恋愛なら、多くの恋愛ドラマは1話で完結し、数ヶ月間もの間続きません。
心を動かされる瞬間は、大きな問題に直面し、それを乗り越える中に存在するという
ことでしょうか。
「もうこれは取り返しがつかないな、終わってしまったかな」って失敗をして後悔した時、
相手が受け入れてくれた、相手が包んでくれた、相手が悪役を引き受けてくれた、
そんなこともトラブルを乗り越えて強い絆をつくり上げる1つであり、
その後関係が継続するならば、
どんな失敗であってもそれは2人の間に必要だったことなのでしょう。
例えば浮気。
発見した時に、「見てみぬ振りをする」っていうのは無理な話で、
こーいう時って意地やプライドと、ラブがこんがらがってしまいがちなものです。
しかしながら、これを相手を責め立てまくって日ごろのうっぷんを晴らす材料にするのか、
相手に再び自分の心を掴ませるキッカケにするのか、それは自分が決めることです。
別れるつもりはないのに、別れる方向へと自分で持って行ってしまう大逆走はNGはです。
東京から北海道に行きたいのに、名古屋→神戸→岡山と進んで行ってる、
オマエは方向音痴かよ、意地張らないで早く引き返せよ、とね。
相手の過ち一つを取り上げ、罵り、結論を急ぐ姿は、
例えばレストランで皿洗いをする青年が、皿を割ってしまってオーナーシェフから
「オマエはクビだ」と恫喝されクビになっちゃった、
そんな昼ドラのベタな①シーンを連想させます。
こんな話だったらおかしいよねー、
なんて思いますが浮気という場面に直面するとこんなことをやっちゃうのは、
上にはない信用や裏切りや意地やプライドや様々なキーワードが絡んでしまうからなの
でしょう。
もし自分がそういった場面に直面したならば、もちろん嫌です。
でも、恋愛という長い歴史の中では、調子がいい時もあれば悪い時もあります。
失敗してしまう事も多々ありますが、それが「付き合う」ということなのではないでしょうか。
つまりは、失敗があっても、今までのトータル全部で判断した結果、好きなのに別れる、
そんな事はしたくありません。
目に見えないもののプレゼントは沢山ありますが、広い心で受け入れるということも、
その1つではないでしょうか。
ま、考え方の違いだけど、心が折れてしまいそうな時は、呪文のように唱えたいものです。
浮気相手は、自分が広い心を見せて相手が惚れ直す為に存在した。
浮気相手は、もう一度心を掴ませる為に存在した。
浮気相手が、惚れ直させるチャンスをくれた、ありがとう。
これは、恋愛上最大の見えないプレゼントをするチャンスと考えましょうか、とね。
そう考えると少しは気も楽になるってものです。
「ワタシってそんな女だから、寛大な彼がいいなー♪」
なんて平然とぬかすコに施す薬はきっとないでしょう。
仮にそんな人の気持ちが解らないような相手なら決別すればいい、とも思います。
今、この時点でそんな相手だった、と気づけた事はラッキーで、
それこそ輝くニュー・ワールドです。
ケンカの数や仲直りの数や障害を乗り越えた数が、2人の付き合いの歴史でもあります。
勿論、された方も何がそうさせたのか考えないと意味は半減するってものです。
でも、される時にはされちゃうのが浮気でもあります。
そういうことって、あるある探検隊です。なんじゃそりゃ。
ありがとうございました。
某国の実写板建国神話では、いわゆる、異なる世界のふたりが許されない恋に
落ちてます。
前作テーマと映像手法に比べ、今回はありきたりなシーンの連続だけに
感慨深さに欠ける感は否めませんが、ザ・スピリチュアル!な方には案外大絶賛かも。
そう考えるとその大先生が、何故かナイロビCMに登場されている姿が
何とも違和感ありあり、かつ不気味です。
主人公の目の前に大きなトラブルを用意し、主人公たちがそれを乗り越えていく、
そんな展開は多くの映画の常套手段です。
上記作品でも、言葉や文化の壁とそれを超えて深く愛し合う姿が描かれています。
全てが問題なく上手くいく、なーんて人生ならば2時間もの間持たず、
全てがハッピーな恋愛なら、多くの恋愛ドラマは1話で完結し、数ヶ月間もの間続きません。
心を動かされる瞬間は、大きな問題に直面し、それを乗り越える中に存在するという
ことでしょうか。
「もうこれは取り返しがつかないな、終わってしまったかな」って失敗をして後悔した時、
相手が受け入れてくれた、相手が包んでくれた、相手が悪役を引き受けてくれた、
そんなこともトラブルを乗り越えて強い絆をつくり上げる1つであり、
その後関係が継続するならば、
どんな失敗であってもそれは2人の間に必要だったことなのでしょう。
例えば浮気。
発見した時に、「見てみぬ振りをする」っていうのは無理な話で、
こーいう時って意地やプライドと、ラブがこんがらがってしまいがちなものです。
しかしながら、これを相手を責め立てまくって日ごろのうっぷんを晴らす材料にするのか、
相手に再び自分の心を掴ませるキッカケにするのか、それは自分が決めることです。
別れるつもりはないのに、別れる方向へと自分で持って行ってしまう大逆走はNGはです。
東京から北海道に行きたいのに、名古屋→神戸→岡山と進んで行ってる、
オマエは方向音痴かよ、意地張らないで早く引き返せよ、とね。
相手の過ち一つを取り上げ、罵り、結論を急ぐ姿は、
例えばレストランで皿洗いをする青年が、皿を割ってしまってオーナーシェフから
「オマエはクビだ」と恫喝されクビになっちゃった、
そんな昼ドラのベタな①シーンを連想させます。
こんな話だったらおかしいよねー、
なんて思いますが浮気という場面に直面するとこんなことをやっちゃうのは、
上にはない信用や裏切りや意地やプライドや様々なキーワードが絡んでしまうからなの
でしょう。
もし自分がそういった場面に直面したならば、もちろん嫌です。
でも、恋愛という長い歴史の中では、調子がいい時もあれば悪い時もあります。
失敗してしまう事も多々ありますが、それが「付き合う」ということなのではないでしょうか。
つまりは、失敗があっても、今までのトータル全部で判断した結果、好きなのに別れる、
そんな事はしたくありません。
目に見えないもののプレゼントは沢山ありますが、広い心で受け入れるということも、
その1つではないでしょうか。
ま、考え方の違いだけど、心が折れてしまいそうな時は、呪文のように唱えたいものです。
浮気相手は、自分が広い心を見せて相手が惚れ直す為に存在した。
浮気相手は、もう一度心を掴ませる為に存在した。
浮気相手が、惚れ直させるチャンスをくれた、ありがとう。
これは、恋愛上最大の見えないプレゼントをするチャンスと考えましょうか、とね。
そう考えると少しは気も楽になるってものです。
「ワタシってそんな女だから、寛大な彼がいいなー♪」
なんて平然とぬかすコに施す薬はきっとないでしょう。
仮にそんな人の気持ちが解らないような相手なら決別すればいい、とも思います。
今、この時点でそんな相手だった、と気づけた事はラッキーで、
それこそ輝くニュー・ワールドです。
ケンカの数や仲直りの数や障害を乗り越えた数が、2人の付き合いの歴史でもあります。
勿論、された方も何がそうさせたのか考えないと意味は半減するってものです。
でも、される時にはされちゃうのが浮気でもあります。
そういうことって、あるある探検隊です。なんじゃそりゃ。
ありがとうございました。